「君が代」を歌う、その意味を考える
昨日、8月15日は終戦の日でした。昭和20年の終戦から81年。戦争によって亡くなられたすべての方々に、心より哀悼の意を表します。
先日、「16歳で陸軍に志願 B29爆撃機を迎撃し埼玉県の水田に墜落…福井の少年飛行兵 惨状伝えるプロペラや遺品」
というニュースを読みました。
記事の詳細は省きますが、福井市立郷土歴史博物館で開かれている、昭和100年を記念した特別展で展示されているプロペラにフォーカスを当てた記事です。
このプロペラは、埼玉県越谷市の水田に墜落した日本海軍の戦闘機のもので、昭和47年に現地の自衛隊の協力で発掘調査が行われた際に、平馬さんの遺骨とともに掘り起こされたものだそうです。
この記事を通じて改めて感じたのは、戦争の記憶を過去のものとして終わらせず、次の世代へ伝えていくことの大切さです。
戦争を体験された方が少なくなる今、私たち自身が歴史を知り、平和について考え続けなければなりません。
その歴史は、ロータリーとも無関係ではありません。
ロータリーは1905年、アメリカのシカゴで誕生し、1920年に日本へ伝わりました。
しかしアメリカとの戦時色が強まるにつれ、アメリカ発祥の国際的な組織であるロータリーは、「アメリカのスパイ組織ではないか」「フリーメーソンの一種ではないか」と疑いの目を向けられるようになったといわれています。
例会には当局の監視が入り、例会の内容も毎回軍部に事前報告しなければならないなど、活動内容について厳しい検閲を受けることもあったそうです。
そこで、日本を愛する団体であり、国に背く組織ではないことを示すため、例会場に国旗を掲げ、「君が代」を歌うようになった。これが、現在も続く国歌斉唱のはじまりの一つとされています。
それでも圧力は強まり、1940年、日本のロータリークラブは国際ロータリーから脱退せざるを得なくなりました。
しかし、会員たちは「水曜会」や「木曜会」などと名前を変え、例会と友情を守り続けました。そして戦後の1949年、日本のロータリーは国際ロータリーへ復帰します。
では、私たちはなぜ、今でも例会で「君が代」を歌うのでしょうか。
現在の私たちは、ロータリーがアメリカのスパイ組織ではないことを証明するために歌っているわけではありません。
私は、ロータリーが自由に集まり、国境を越えて友情を育み、平和について語り合える現在が、決して当たり前ではないことを思い起こすために歌うのだと考えています。
「君が代」に対して、戦争の記憶から複雑な思いを抱く方がいることも、忘れてはなりません。
だからこそ、意味を考えずに慣例として歌うのではなく、過去の歴史と向き合い、二度と同じ時代に戻らないという決意を込めることが大切です。
自国を大切にすることと、他国を尊重することは両立します。「君が代」を歌い、続いてロータリーソングで奉仕の理想を歌い、「世界の久遠の平和」を願う。
その流れには、自らの国を大切にしながら、国境を越えて人と人とをつなぐ、ロータリーの精神が表れているのではないでしょうか。
私たちが例会で国歌を歌う時間を、ロータリーが歩んできた歴史を振り返り、平和への決意を新たにする時間にしていけたらと思います。